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仙台高等裁判所 昭和35年(ラ)29号 決定

抗告人 青森トヨタ自動車株式会社

主文

原決定を取り消す。

本件を青森地方裁判所八戸支部に差し戻す。

理由

一  抗告人は、青森地方裁判所八戸支部が昭和三五年(ヌ)第一三号不動産強制競売申立事件について昭和三五年三月二一日にした強制競売申立却下決定に対し即時抗告を申し立てたが、その抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりである。

二(一)  抗告人が本件不動産強制競売の申し立てにおいて執行し得べき債務名義とした青森地方法務局所属公証人猪狩真泰作成にかかる昭和三二年第二六六四号自動車月賦売買契約公正証書をみると、これには次のような記載がある。

―(前略)―昭和参拾弐年拾月拾八日附私署証書に依り青森トヨタ自動車株式会社を甲とし、西村長次郎を乙として西村長次郎を乙として自動車月賦販売に関して左の通り契約を締結した。

第壱条 本契約の目的である自動車(以下単に自動車と称する)は別紙の通りである。

第弐条 甲は前記自動車を以下定むる条件を以て乙に売渡し、乙は之を買受けることを確約する。

第参条 売買代金は金七拾万参千壱百九拾四円也と定め、乙は本契約と同時に内金壱拾七万円也を甲に支払い残金は左記月賦を以て甲の営業所に持参支払するものとする。

金額           支払期日

金参万五千壱百九拾四円也  昭和参拾弐年拾壱月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾弐年拾弐月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾参年壱月拾八日

金弐万四千円也       昭和参拾参年弐月拾八日

金弐万四千円也       昭和参拾参年参月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾参年四月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾参年五月拾八日

金四万五千円也       昭和参拾参年六月拾八日

金四万五千円也       昭和参拾参年七月拾八日

金四万五千円也       昭和参拾参年八月拾八日

金四万五千円也       昭和参拾参年九月拾八日

金四万五千円也       昭和参拾参年拾月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾参年拾壱月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾参年拾弐月拾八日

金参万五千円也       昭和参拾四年壱月拾八日

第四条〈省略〉

第五条 甲は本契約と同時に―(中略)―前記自動車を乙に交付しその使用を許諾する。但し其の所有権は甲に保留し、売買代金完済の時正規の譲渡証明書の交付により乙に移転する。

第六条ないし第拾参条〈省略〉

第拾四条 乙が第参条の月賦金の支払を怠つた場合は、其の日数に応じ百円に付き一日金拾銭也の割合で過怠金を甲に支払わなければならない。

前項の場合には甲は別に催告を要することなく月賦の利益を取消し、残額を一時に支払を請求することが出来るものとする。その残額に対する過怠金の割合は前項の率による。

第拾五条および第拾六条〈省略〉

第拾七条 乙が本契約の約款に違反した時又は違反する意思があると甲において認めた時―(中略)―は、甲は何等の通知又は催告を要することなく直ちに本契約を解除し、違約金として、乙が既に支払つた代金を没収し、並に未払代金相当額の支払を乙に請求することが出来る。―(後略)―

第拾八条〈省略〉

第拾九条 本契約が解除せられたときは乙は該自動車の使用権を失い直ちに該自動車を甲の営業所に返還するものとする。―(中略)―

甲は返還を受けた自動車を甲の選択する方法により之を処分し、其の売上正味手取金を自動車回収に要した費用(督促に要した旅費、宿泊料其の他の費用を含む)及び未払金合計額に充当し、剰余あらば甲は乙に返還し、若し合計額に満たない時は乙は直ちに其の不足額を甲に支払うものとする。

第弐拾条ないし第弐拾四条〈省略〉

第弐拾五条 乙―(中略)―は甲の要求に応じ本契約を公正証書に改め且つ本契約に依る金銭債務を弁済しないときは直ちに強制執行を受けても異議のないことを認諾する。

―(後略)―

目録

一、車名及台数  トヨタ号   壱台

二、年式     壱九五四年

三、型種     FA型普通四輪

四、車台番号   四FX―壱壱四五八

五、ないし七、〈省略〉

(二) おもうに、公正証書に表示される当事者の意思表示は、個々の条項の字句に必ずしもとらわれることなく、相関連する条項が前後矛盾することのないようにこれを全一体として合理的に解釈しなければならず、このことは法律行為の解釈として当然のことである。ところで本件公正証書の記載によれば、前記第一七条により公正証書記載の自動車の売買契約が「解除」された場合買主西川は、「違約金」としてすでに支払い済みの代金は抗告人から「没収」されその返還を受けることはできず、かつ、「未払代金相当額」を抗告人に支払わなければならないのであるが、前記第一九条によれば、この場合抗告人は、西川から前記第五条によりその所有権を自己に留保してあつた右自動車を回収のうえこれを他に処分し、その正味売得代金をば右自動車の回収に要した費用(督促に要した旅費宿泊料其の他の費用を含む、以下同じ)および西川が「違約金」として抗告人に支払うべき未払代金相当額の支払いに充当し、もし剰余が生ずればこれを西川に返還するというのである。しかしながら債務者の支払うべきものを債権者が自己所有の物件の処分代金をもつて弁済を受け、しかもその処分代金が債権者の受けるべきものを超過するときは当該超過部分を債務者に返還するというが如きは、もし、これをそのまま字義どおおりにとるときは一般取引通念と全く相容れない背理であつて、前記第一七条および第一九条による当事者の合意は、これを事の実体に即してみるならば、要するに、買主たる西川が前記自動車売買契約の約款に違反した時または違反する意思があると抗告人が認めた時には、抗告人は西川から前記自動車を回収し、これをば前記売買契約によりすでに西川の所有になつていたものとして他に処分しその正味売得代金を、西川が支払うべき自動車回収費用および未払代金の弁済に充て、剰余があればこれを西川に返還し、反対にそれでもなお未払代金の完済を受け得ないときは西川から不足額の支払を受けるという方法で前記自動車売買契約にもとずく債権関係を決済する、というにあるものと認めるのが相当であり、したがつて前記第一七条にいう「解除」とは、前記自動車売買契約の解消を意味するのではなく、かえつて右契約による債権関係の存続を前提とし、売主たる抗告人が、これをば右に述べたような方法で決済し得る権能の行使としての意思表示をすることの趣旨であり、また同条にいう「違約金」とは右のような決済方法を執る場合における売買代金についての特別の呼称に過ぎず、更に同条にいう「没収」とか「未払代金相当額」とかは、右「違約金」との用語のつり合い上用いられたまでであつて前者は要するに受領済の代金を返還しないということを後者は未払代金そのものをそれぞれ措すものと認めるのが相当である。

(三) ひるがえつて抗告人が本件不動産強制競売の申し立てにおいて競売の原因たる一定の債権としたものをみるに、それは左記の如きものであること記録上明らかである。

請求金額

金二八一、〇〇七円およびこれに対する昭和三三年六月八日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金

請求にかかる債権の発生原因

(イ)  債権者(抗告人)は自動車販売を業としているものであるが、昭和三二年一〇月一八日西村長次郎に対し一九五四年式FX型トヨタ自動車一台を代金七二三、一九四円と定め、契約と同時に内金一七〇、〇〇〇円の支払いを受け、残代金五五三、一九〇円は昭和三二年一一月一八日から昭和三四年一月一八日まで一五回月賦にて支払いを受けるとの約で売り渡す旨の契約をした。

(ロ)  西村は、昭和三二年一一月一八日の第一回支払日と同年一二月一八日の第二回支払日とに計金七〇、一九四円の月賦金を支払つただけで以下一三回分を全く支払わず、そのため未払金は金四八三、〇〇〇円に及んだ。

(ハ)  それで債権者(抗告人)は、昭和三三年六月七日右契約を解除し、売渡自動車の返還を受け、昭和三三年一一月一五日これを任意処分して金三一〇、〇〇〇円の取得をみたが、他方右自動車の修理代、その他に金一〇八、〇〇七円の費用を要したので前項の未払金と右費用を合計した金五九一、〇〇七円から右金三一〇、〇〇〇円を控除し、その残金は金二八一、〇〇七円になるので債権者(抗告人)は西村に対し前記請求金額の債権を有する。

(四) ところで、抗告人が本件不動産強制競売の申し立てにおいて競売の原因としている右債権が、抗告人のいう自動車売買契約にもとずく残代金債権およびこれに付帯する遅延損害金債権なのか、それとも右契約の解除によつて発生した債権およびそれに付帯する遅延損害金債権なのかは、抗告人が右債権の発生原因として主張するところだけでは必ずしも明らかとはいえないが、抗告人が右債権を執行し得べき債務名義とした本件公正証書に記載されている自動車売買契約に前叙のような代金決済方法が特約されていることにかんがみるならば、それは前者の債権と認めるのが相当である。

(五) しかして本件公正証書の前記第一条ないし第三条および第一四条の記載によれば本件公正証書は、民事訴訟法第五五九条第三号にいう「一定ノ金額ノ支払ヲ以テ目的トスル請求」に当る前記自動車売買代金債権および買主たる西川がその支払いを怠つた場合の遅延損害金債権に付き作成されたものといい得ること明らかであつて、抗告人がそれを債務名義として右債権中なお残存するものについての弁済を得るため強制執行をなし得ることは多言をまたない。

三 そうとすれば原決定が、抗告人が本件強制競売の申し立てにおいて競売の原因たる債権としたものをば、「前記公正証書第三条、第一四条二項による単純な売買代金(月賦金)債権ではなく同第一九条三項の特約による債権である」と即断し、右債権は一定の金額の支払を目的とした請求ということはできないとの理由で本件強制競売申し立てを不適法として却下したのは不当であるから原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すことにして主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 宮崎富哉)

抗告の趣旨

一、青森地方裁判所八戸支部昭和三十五年(ヌ)第一三号不動産強制競売申立を却下するとの同裁判所の決定を取消す。

との趣旨の御決定を求める。

抗告の理由

一、抗告人の本件不動産強制競売申立の理由とするところは

〈イ〉 抗告人が債務者に自動車一台を代金七十二万三千百九十四円を以て売渡し、代金は十六回に亘り分割弁済を受ける月賦販売契約をしたが右月賦販売の契約に当つてはその代金未払の際は抗告人は直ちに月賦販売契約を解除し得るものとし右解除の場合は既払月賦金は違約金として没収され未払代金相当額を請求し得る旨の特約をした

〈ロ〉 債務者は金二十四万百九十四円を支払つたのみで中途に於て月賦金の支払を怠つたので債権者は契約を解除し解除当時の未払金相当債権金四十八万三千円より其後に弁済された金員二十万一千九百九十三円を控除し残金二十八万一千七円を取立てるため右約定を記載し且つ債務者が強制執行を認諾した公証人猪狩真泰作成の公正証書に基き執行のため競売を申立てると言うにある。

二、然るに原決定は右競売申立の基本たる公正証書は一定金額の支払を目的とする請求を記載した公正証書でないから強制執行に適しないと言うにある。

併しながら右見解は左の点に於て不当である。

請求は公正証書上一定している。

〈イ〉 何となれば自動車販売代金が一定して居り各月賦金の支払時期及金額が一定している。

〈ロ〉 従つて債務者が月賦金不払の際の残額債権が一定している筈である。

何となれば金額を明記した金銭消費貸借契約を記載した公正証書に基き執行せんどする場合も内入弁済のあつた時は債権者の計算によりその残額に付執行し得ることは疑なくこの場合内入弁済額は公正証書上は数額が明かにされ得ない性質のものであるが法はそこまでの一定を要求しおらないものであるからである。

〈ハ〉 本件の場合契約解除の際迄の内入弁済額を総代金から控除せば公正証書契約第十七条に基く請求金額が明かとなるのであるからこの十七条に基く請求金額が公正証書上一定し居るものであることは普通の金銭消費貸借の内入弁済残額が一定し居ると何等異る処がない。

〈ニ〉 ただ十九条に基き自動車の処分があつた時今迄一定していた十七条に基く未払残金相当額の請求が一定性を欠くに至るかどうかを考えて見ると

十九条は債権者の権利として自動車を任意処分し純売得金額を前記請求金額に充当出来るとの趣旨の規定であつて、金銭消費貸借契約に附帯せられある譲渡担保契約と類似の性質を有するものである。譲渡担保権者は担保物件を任意に処分し費用等控除した上純手取額を債権の弁済に当てるものとすることが普通であるが、右の如き譲渡担保契約を金銭消費貸借契約に附帯することにより直ちに金銭消費貸借契約が一定性を欠くに至るものと解するものはない筈である。

〈ホ〉 本件の場合も基本たる十七条債権が一定している以上十九条に基く弁済額が公正証書上一定しないとしても何等公正証書の一定性従つてその債務名義たることを妨げるものではないのである。

〈ヘ〉 若し債務者が十九条により、より多く弁済せられたとか右の弁済により債務が消滅したとか主張するならば夫々の方法を以て異議を申立てることが出来るのであつて右異議を俟つことなく強制執行の申立自体を許さないとした原決定は失当である。

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